2010/03

百鬼夜行の辺から

3月の初旬です。近くの本屋で入荷したての建築雑誌を拾い読みして、伊藤先生が亡くなられていたとわかって、呆然としました。考えると昨年は忘年会の通知がなかったのです。卒業以来、毎年届けられる忘年会への誘い、ほとんど研究室へ通うことの無かった学生としては、気恥ずかしさが先立って参加できる筈も無かった訳で、通知が届く年末に成ると、先生は何をされているのだろうと思いを馳せるのでした。退官されてから、評伝「重源」を出版されて、歴史家としての並々成らぬ強い意志がこちらにも伝わって、おもわず本を購入読み始めたのが、もう彼此十五年以上も前のことに成ります。そして又数年前には、ネットに掲載されている松岡正剛氏の「千夜千冊」を発見ひどく親しんだのですが、そのリストに先生の「重源」が解説されていたのです。記述から昔あるとき研究室の奥、御簾の後ろで先生と親しく会話されていた雰囲気ある人物が、松岡氏だったんだと思い出した訳です。考えてみれば、私が学んだ頃の建築学科は希望にあふれて、毎日が楽しくて仕方が無かった記憶があります。そうした頃に、授業で中世の闇の深さについて教えを受けて、百鬼夜行の世界にこそ、強靭な思想が生まれるエネルギーが潜んでいたとの示唆は、軟弱ノホホンとした学生に鮮烈な印象を与えたのです。すくなくとも、自身が今まで気にも留めなかった、歴史を考える大切さに、眼を向ける切欠を与えてくださったと感謝しています。現在、数年前には考えもしなかった、歴史の地殻変動が起きていると感じています。先生が話をされたあの百鬼夜行へのとば口に達しているのでしょうか?取り残された私たちを天空から覗いて、きっと流れの行く末を、しっかり見極めようとされている筈と思うのです。

写真解説

同じ雑誌の巻頭論文は、桐敷慎次郎氏の文章。大変厳しい建築界の状況を歴史家の眼で断罪されて、考えさせられます。奈良国立博物館で催された展示会にて買い求めた冊子の表紙。