2009/12

緩やかな時間

歳老いた人は一日や一年を過ごす時間感覚が早くなると言われています。本人も最近この点は実感しているので間違いない筈です。しかし、これは自身の生体、その新陳代謝が若い頃と比較して老体に成れば成るほど遅くなる為に起きていることだと説明されて、一瞬不思議に思いました。成るほど時間の流れを絶対と考えると、そこに生きる個々の人に備わった生物時計の動きが緩慢になれば、絶対としての時間は、自身が受ける感覚として早く成っている筈で、だから一年経つのが早いんだと合点させられます。先日、知り合いと向丘遊園にある民家園に出かけました。昔は民家そのものの古臭さや、各素材の仕上がりの荒っぽさ素朴さに自身に馴染めぬ貧しさを感じたものです。でも現在は同じ民家を見てもそうした感覚におちいりません。寧ろ懐かしくそこで利用されている各素材の簡素さに安堵感さえ感じるのです。思い出すのですが私の子供時代、一時期田舎の所謂民家で生活したことがありますが、ある時風呂場の建替えをしました。それまでの五右衛門風呂からタイル張りの浴槽に変化して、その真新しい薄水色タイルの匂いと清潔感、白い天井の真中に四角く開いた空気抜けの小さな天窓等に、子供心にある種未来に向かって前進している感覚、風呂の湯に浸かる度にひそかな高揚を感じたものです。母屋に寄り添う風呂場の建物だけが、新たな時間を獲得して生き生きとしていました。でもその感覚は10年程前、既に誰も住まなくなった田舎の家を取り壊す際に、現地を見て変化していると気付きました。母屋と風呂場を目の当たりすると、昔の感覚通りには受け止められないのです。新しい風呂場の方が、母屋よりもずっと朽ちていました。それはあくまで個人の感覚としてで、実際双方を比較すると風呂場の方が真新しいと誰もが思う筈です。つまり私自身の新陳代謝は、子供の頃と比較して確実に遅くなっている、ある意味で肉体が既にゆるい時間感覚に移行して心が共鳴するのです。すこし前向きに捉えて、この時間感覚のなかで周囲を見回すと、何か発見や密かな楽しみに出会うこともあるかなと考えるこの頃です。

写真解説

12月、なんと一年が早いものかと嘆息します。昨年の開発テーマに加えて新な研究開発を展開中です。写真は試作ミニモデル「面一引戸/玄関扉」成果の一端です。合せて新部門の創設をニュース欄に掲載しました。