2009/08

引違い戸の文化

先日、歴博で行なわれている「日本建築は特異なのか」に出掛けました。成田空港に近い佐倉市、あの辺りまで遠出する事は滅多に無いのですが、私にとっては歴史的な街並み模型が時代順に常設展示されているので、居ながらにして時空旅行の醍醐味を楽しむ、とっておきの場所でもあります。今回の企画展示を観ていて、再認識したことがありました。引違い戸は中国、韓国等日本周辺の国ではあまり発達しなかった点に関してです。展示解説にも指摘されていて、やはりそうなんだと、あれこれ考え始めた訳です。学生の頃、引違アルミ建具は日本独特のものであると教わりました。特にアルミ建具製品への移行がヨーロッパ等と比較すると日本は格段に早く、その要因について西欧の石造りと異なる文化的な背景を耳にしたこともあります。古くから引違い形式の扉が日本にだけ何故普及したか、この点をもう少し緻密に追いかけることができれば、日本建築を考える上で有意義な視点を提供する筈です。私自身は理由の一つに、開き戸と比較すると内外を「遮断する装置」としてしての建具よりも、内外空間を「繋ぐ装置」として、空間の境界には着脱も簡単にできる引違い形式が好まれたからだと、ありふれた考えに落ち付きます。江戸末期から明治初期にかけて、この国を訪れた外国人の記録には、庶民の住いが開放的で室内に物が無いこと、清潔であることへの感嘆が多数記されています。外敵が存在しない、鎖国状態に暮す民衆の意識形成は建築の造りにも強く影響を与えたと思われます。近年、世界を席巻?したアニメも江戸期浮世絵の流れを受け継いでいるかに見えます。閉ざされた領域に花開いた文化は、地球規模の閉鎖空間を意識し始めた現代人にとって、違和感無く受け留められる可能性を秘めているのです。日本建築特有の引違い戸の文化についても、遮断から繋ぐ意識へと人々の価値観に変化が芽生えて、利用領域が拡大する未来が訪れて欲しいと商品化のアイデアを練っています。

写真解説

「逝きし世の面影」は江戸時代の魅力を異邦人の眼を通して詳らかにしています。今に繋がる建築文化の流れは、明治維新で途絶えた?興味深い記述が満載の本でした。