2009/06

波乃光子の真実

友人のお別れ会が、福生のとある団地の集会室で行なわれました。5月の連休明け、同級Kからの電話で訃報を知らされて絶句、その余韻が今でも消えません。亡き友とは、大学卒業後も交流が続いて、一緒に千駄ヶ谷の旧温水プールに通い続けた楽しい思い出があります。その後、双方其々の設計事務所勤めが忙しくなり、交流は途絶えていました。彼は新進の建築家、そのデビュー前に巡り合う好運を得て、そこで20数年間建築家を支えました。世紀末、私は思うことあって事務所勤めを辞めたのですが、一人に成ると彼を尋ねたいと思ったのです。驚いたことに、彼もすこし前に独立・・・。それから、以前にも増して交流が復活、たまの訪問の繰返しだけなのに、付き合いは永遠に続く筈と思い込んでいました。倒れる3日前にも、新宿にある彼の事務所を訪ねて、色々なことを話したばかり。この現実を前にして、なかなか自分を納得させることができません。想いをどう他人に説明すれば良かと考えながら文章を綴っています。・・・浮ぶのは唐突と首を傾げる方も多いと想像しますが、聞きかじりで生半可な知識、量子力学のコペンハーゲン解釈の例えです。朝永さんの著作にある波乃光子の話、若い頃に読んだこの話が印象的だったこともありますが、後年EPRの逆説などを知るとアインシュタインさえも異議を唱えたこの論争を含めて、自身には理解不能と半ば諦めていた訳です。しかし今、コペンハーゲン解釈に、やや納得したい心持がします。つまり光子を二つ並んだスリットの片方にだけ向けて放つと、何故か放たれた光子はもう片方のスリットをも通過しています。この不思議は同類である電子を片方のスリットに放って通過した後の壁面に、干渉の縞模様を描かせる実験でも知られています。確かに、私は友人が片方のスリットを通過した現場に居合わせました。私が実感できるのは片方のみであり、しかし本当は生と死、二つのスリットを同時に通過して、確認できなかったもう一つのスリットへ確かに彼は飛んで行ったと。見えなかった隙間を抜ける彼を、今私は察することができます。

写真解説

挿絵はウイリアム・モリスの風刺画、後姿が亡き友と似ています。卒論がモリスだったとお別れ会の後、大学の仲間が話しをして忘れていた自分はああと思いました。