2009/02

本家のおじさん

ネット散策をしていると、村上春樹のエルサレム賞受賞/演説文が目に留まりました。要約と翻訳文の一部を読んで、更に興味が湧いたので英文の文章にもアプローチ、対訳が付された読み易い文章でもあり、内容に思わず引き込まれた訳です。私は彼と同じ世代なので、色々なことを考えさせられます。特に、90才で亡くなった父上についての記述は、すこし若い世代にはピンと来ないのだろうか?と思ったりもしました。戦後の混乱がまだ周囲の風景に残されていたその頃に、幼年期を過ごした方であれば、作家が語るエピソードについて、何か心当たりがあると思うのです。自身については、父親から断片的な話は聞いていますが、村上氏が記述されている程、身に沁みた経験はありません。ところが私の場合は、子供の頃、田舎に一時期暮らしていた訳ですが、何故か当時近所に住んでいた本家のおじさんの姿が浮んでしまうのです。彼がシベリア抑留の体験者と知ったのは5〜6年程前、父の話からです。運悪く40歳を過ぎて再度召集され、二度目は中国戦線への派遣となり、大変な苦労をされた様子です。私が納得したのは、子供の頃接したおじさんが醸し出す雰囲気、時として沈鬱そうな無精ひげの顔、何か諦めを心に抱えて暮らす大人と・・・。上手く表現できませんが、そうした子供にとっては、不可解な一端を察知していたからに違いありません。今考えると、おじさんの気配には、おそらく戦争体験が身体の奥深く沈殿していたからだと思うのです。それは作家が述べる「卵と高い壁」の喩え、私達には経験として記憶される、つまり卵としての儚い想い、それを察知する能力が備わって記憶することができる事実、おそらく本家のおじさんに立ちはだかった高い壁とは、人の創るシステムに翻弄された体験なのです。そして今、私たちも同じ状況にあることに、変わりはないと感じるのです。

写真解説

建材展で展示する製品は、本来ですと大企業に挑戦してもらいたい製品開発です。卵としては、かなり背伸びをして、高い壁への挑戦を試みています。動画をUPしたので、そちもご覧ください。