2008/10

開け放たれた扉

土曜日の夕方、急に思い立って美術館に出掛けました。気分転換に、前から気にしていたハンマースホイの絵を鑑賞したいと思い付いて、上野・西洋美術館に向かったのです。初めて接する画家で、興味を抱いた理由は、建築が主役として描かれた絵画!と想像したからです。普段生活している自宅の室内空間をそっと切り取って、画布に定着させた不思議な絵でした。人物が描き込まれている場合もありますが、私が受けた印象は、明らかに画家の絵筆は人を含めたその空間、建築に支配されたボイドそのものを探っています。実際に美術館で彼の絵画を前にしますと、床、壁、天井の存在感が、まるで建築家が空間をイメージしていると思われるほど、リアルに描かれています。フェルメール絵画に通じる空間の存在感が、彼の絵にも感じられます。窓から差し込む淡い陽光の密度が、限定された室内の隅々にまで及んでいて、静謐さが空間を支配しています。建築家は空間を創りますが、設計して仕上げた実在のボイドに、これほどの密度を実現させることはできないと思いました。室内を描いた一枚の絵、開け放たれた扉の向こうに眼をやると、部屋に満たされた光彩は外部へ逆流、こぼれ出て、何かに共振しています。ギャラリー壁面に付された解説に眼をやると、画家が生きた19世紀初頭、産業革命の影響が街並みにも現れて、風景が激変した時代であったと記されていました。静寂な室内の向こう側・・・、外の喧騒を画家が意識していたからこそ、描かれた内部に意味が在った。今の時代だからこそ、読み取れる感覚なのでしょうか?

写真解説

このハンマースホイ絵画からの連想?私には現代漫画の日常描写が思い浮びます。生活空間を描き込む行為、私がハマッタ漫画「よつばと」の描写にも、ある種の空間を感じます。いや、空気、KYと表現した方が適切でしょうか?