2008/08

処理能力の限界

お盆前、田舎にある墓掃除に出掛けました。弟の車で出張先の大阪から高速に乗って2時間半程度、山間にある静かな盆地の一角に到着したのは、10時過ぎ頃でした。途中、曇り空から小雨がばら付いたので、雑草取りには丁度良いと喜んでいたのですが、着いてみるとカンカン照りの暑さ。汗まみれの身体を動かしながら、充実した一時を過ごしました。小学生の頃祖父母達と過ごした田舎の風景、今は眼にするもの全てが小さく見えます。その感覚を弟はしきりに面白がります。行き帰りの車中、研究者である彼に色々質問をあびせました。例のiPS細胞の件を尋ねましたら、誰も本気で試みないアイデアを実行した点、感嘆に値するとの返事でした。生物の発生メカニズムに関しては、不可逆神話が崩れたのか?と尋ねますと、まだはっきりしたことはとナマ返事です。飛躍して、近々NASAが火星に生物を発見すれば、地球上の生き物と同類が宇宙に多数居るのでは?と追い討ちをかけてみます。曰く、有機物から現在の生物と同じ組成に進化したこと自体が驚異、その工程は複雑で並大抵では無いと、地球外生命については、悲観論者の様子です。一連のやり取りで印象的だったのは、そもそも人間、脳の処理能力には限界があり、例えば対象が2程度であれば、その関係を把握推理して双方が組み合わされた動きの予測も可能・・・。しかし天文力学の三体問題と似て、それ以上の関係を多数把握して処理するキャパを、人は持ち合わせていない筈と。それ故に我等の処理能力が捉える認識には限界があり、自然界に対する理解も、未だ現象の相互関係を正確に捕まえられないのが現実、との理屈です。子供の頃に刻まれた田舎のスケール感が未だ兄弟の身体に残存しているのです。何か理屈を越えた現実に触れた気分にもなりまして、妙に納得した訳です。

写真解説

院入試で珍しく面白い学生に遭遇したよと弟。ヒラメやカレイの眼が片側に寄るメカニズムを研究している若者の話でしたが、更に分子レベルで研究を進めるより、今の観察で考えを深める方が興味深いよねと。ちなみに稚魚時代の眼は他の魚と変わらないそうです。