2008/06

物語と記憶

先日の大阪出張の帰りですが、夕方6時頃に無理して京都3条に立ち寄りました。京都文化博物館にて催されている源氏物語千年展を覗けないかと思ったからです。しかし受付嬢からは、先ほど入館を締めましたので、明日お越し下さいと宣告されて、空しく引き下がりる結果となりました。仕方なく隣の展示用冊子のコーナーで解説本を購入、新幹線に乗り込んだのです。企画展等に行くと、私は大抵解説本を入手するのですが、つまり実際この眼で確認した現物の感覚を、後に思い出す効用を期待してのことですが、しかし今回は展示内容をチェックする為に購入、車中で縮小印刷された屏風等のカラー写真を眺めて、ひとしきり楽しんだ訳です。巻頭に作家の瀬戸内さんが、千年前の物語が何故今日まで読み継がれたかを、つまり虚構である物語が読者の感性に届いているからで、実体である千年前の建造物等は朽ち果て滅び去っても物語は虚構である故に、少数の人から人へ連綿と語り継がれ、今日まで影響力を及ぼしていると指摘されています。たとえば今私達が接するネット情報量は、驚くべき容量の筈です。しかし、情報は私達の脳みそを通過するだけで、瞬く間に記憶から抜け落ちて仕舞います。それは現にある建築に接しても同じで、情報を得る為だけに満足すれば、直ぐ忘れます。鑑賞者の心構え、価値ある建造物に対して、鋭敏に反応できる自身の身体を鍛錬すべきで、そうすれば建築を構成する小さな部品にさえ、記憶に値する物語は潜んでいると、きっと気付かされる筈ですから。

写真解説

光琳屏風に描かれた菖蒲の群生を喚起させる風景に先日遭遇しました。昔、現場監理をお願いした設備担当の人を思い出します。その方が菖蒲を分けてくださったことがあり、今でも季節になると我家の庭を彩ります。