2006/08

予想の予想を予測する

アダムスミスが記した有名な「神の手・・・」について、19世紀産業革命以降、現代に至っては、神が影響力を及ばす領域は限られて、昔のような有効性を持ち得ないらしい。知った被りだけで筆を進めれば、ケインズ経済学が誕生してからでさえも既に、もう一世紀近くが過ぎているのです。勘違いでしょうか、所謂マクロ経済の世界では、美人投票が指標になって、世界が動いたりします。私達が、実感として持つことが出来る実体経済が、予測の予測で世界中を移動する電子マネーに翻弄されて、幾度となく奈落の底に突き落される現実が日常化しています。そもそも江戸時代、船場で発生した米相場の実態が、進化した姿であると聞きましたが、商売上手な商人の生みだした情報加工の技術が、後の世に人の想像を越えた影響力を行使している、その事実に唖然とします。例えば身近にある情報機器のTVでさえ、昔に報道されていた情報量と質を比較すると、現代とでは雲泥の差があり、殺人や横領と言っても、一人の人間にとっては虚構に近い情報が、生身の脳に土足で上がり込んで暴れているのです。野放図に放たれた情報が幻想の世界をつくりあげ、生き物である我々人間はその渦に巻き込まれて彷徨するしか、生き延びる道は無いのでしょうか?

化石に埋め込まれた魚の群れ

こうした化石に埋め込まれた魚の群れを見ていると、古代の情報が石に記憶されている気持ちになります。それに比較すると、電子化された情報には儚さを感じます。