2006/03

逝った経済学者

日米開戦前にアメリカ留学していた方が戦後日本の興隆と云う、うねりを推進させる役割を果たしていたことを知りました。思い当たるのは第一次大戦後、ヨーロッパからアメリカに移動した経済力、その結果として有能な人材を受け入れた米国のパワーです。ヨーロッパからの亡命者達、多彩な人材が経済や文化の高揚に拍車を掛け、学者、音楽家等、つまり科学者から芸術家に至る幅広い才能の発掘と育成を可能にしました。経済の活力が人的資本を充実させた訳です。私には、チャプリン映画に写る市民にも、そうした活力が漲ってたと感じてしまいます。その時期、日本から留学していた都留重人氏は、留学中からマルクス主義への関心を示していたそうですが、マッカーシ旋風下で起きたある事件にも係っていたと、鶴見俊輔氏の著作で知りました。晩年、彼はラスキンが経済学へ言及した事に注目して、興味深い感想を記しています。労働を中心とした費用は長期的には自然価格に収斂するそうですが、おそらくラスキンはこの考えに組しない筈です。都留氏は、ラスキンが説く芸術の効用説?に、何故最晩年になって注目したのでしょう。

ジョン・ラスキンとビクトリア朝の美術展

「ジョン・ラスキンとビクトリア朝の美術展」に掲載されているラスキンの山岳スケッチ、銀座にあるラスキン文庫を訪れると、御木本隆三氏が蒐集した古めかしい本に出会うことができます。